SaaSの顧客リテンションを向上させるには、解約が起きてから対応するのではなく、顧客が価値を実感するまでの流れを整え、利用状況に応じて支援することが重要です。特に、導入初期のオンボーディング、継続利用につながる機能の利用促進、解約兆候の早期発見を優先します。
まずは「どの顧客が、いつ、なぜ離脱しているのか」をデータで把握し、その原因に合った施策を実行しましょう。
SaaSの顧客リテンションとは
SaaSの顧客リテンションとは、契約した顧客がサービスを継続して利用する状態、またはその割合を指します。単に契約更新だけを見るのではなく、利用頻度や利用機能、契約金額の変化も含めて考えることが大切です。
顧客リテンションを確認するときは、少なくとも次の指標を分けて見ます。
| 指標 | 何を確認するか | 分かること |
|---|---|---|
| 顧客維持率 | 一定期間後も契約を続けている顧客の割合 | 顧客数ベースの継続状況 |
| 顧客解約率 | 一定期間に解約した顧客の割合 | 顧客数ベースの離脱状況 |
| 売上維持率 | 既存顧客から得られる売上がどれだけ残ったか | 解約、減額、増額を含む売上の変化 |
| 利用継続率 | ログインや主要機能の利用が続いている割合 | 契約更新前の利用状態 |
たとえば、契約数は維持できていても、利用席数の減少や下位プランへの変更が続いていれば、将来の売上や更新に影響する可能性があります。そのため、顧客数と売上、利用状況を分けて分析します。
顧客リテンションを向上させる7つの方法
1. 顧客が得たい成果を明確にする
顧客リテンションを高める第一歩は、顧客がSaaSを使って何を実現したいのかを明確にすることです。単に「機能を使ってもらう」のではなく、「業務時間を短縮する」「問い合わせ対応を効率化する」など、導入目的と成果を定義します。
商談や契約時に、次の項目を記録しておくと、導入後の支援に活用できます。
- 導入の目的
- 解決したい業務上の課題
- 成果を判断する指標
- 利用責任者と実際の利用者
- 成果を確認する時期
導入目的が曖昧なままだと、顧客は使い続ける理由を感じにくくなります。契約時に決めた成果と、実際の利用状況を定期的に照らし合わせることが重要です。
2. 導入初期のオンボーディングを整える
オンボーディングとは、顧客がサービスを使い始め、目的とする成果を得るまで支援する活動です。初回ログインの案内だけで終わらせず、顧客が最初の価値を実感するまでの手順を設計します。
基本的な流れは次のとおりです。
- 契約時に導入目的と達成したい成果を確認する。
- 利用者、管理者、社内の承認者などの役割を整理する。
- 初期設定やデータ登録など、最初に必要な作業を案内する。
- 顧客の目的に関係する主要機能を使ってもらう。
- 利用開始後の一定期間に、設定状況と利用状況を確認する。
- 顧客が得られた成果と、次に取り組む内容を共有する。
顧客ごとに担当者が付きっきりになる方法だけでなく、動画、操作ガイド、チェックリスト、ウェビナーなどを組み合わせると、顧客数が増えても支援しやすくなります。
3. 「価値を感じる利用行動」を特定する
ログイン回数だけでは、顧客がサービスの価値を得ているか判断できません。継続利用や成果と関係する機能・行動を、サービス内のデータから特定します。
たとえば、次のような行動を候補にします。
- 重要な初期設定を完了した
- 主要機能を一定回数使った
- 複数の利用者がサービスを使った
- 外部ツールとの連携を設定した
- レポートや成果確認の機能を定期的に利用した
ただし、これらはサービスによって異なります。継続率の高い顧客と低い顧客を、導入時期やプランなどの条件をそろえて比較し、どの行動が継続と関係しているかを検証します。関係が見つかっても、それだけで原因と断定せず、顧客への聞き取りで確認することが必要です。
4. 利用状況に応じて顧客を支援する
すべての顧客に同じ案内を送るのではなく、利用状況や契約規模、導入目的に応じて支援内容を変えます。顧客をいくつかのグループに分けると、対応の優先順位を付けやすくなります。
| 顧客の状態 | 考えられる課題 | 対応例 |
|---|---|---|
| 導入後も初期設定が進まない | 設定方法が分からない、担当者が決まっていない | 個別案内、設定会、導入チェックリスト |
| ログインはあるが主要機能を使っていない | 機能の使い方や利用目的が不明確 | 目的別の操作例、短いチュートリアル |
| 利用者数が減っている | 社内展開が進まない、使う場面が減った | 利用部門への説明、活用事例、権限設定の確認 |
| 問い合わせや不満が増えている | 操作上の問題、期待とのずれ、障害 | 原因の特定、解決状況の共有、改善内容の説明 |
| 契約更新が近いが成果確認がない | 費用対効果を説明できない | 利用実績と導入目的の振り返り |
支援対象を決めるときは、利用率だけでなく契約更新時期、契約金額、導入目的、問い合わせ履歴なども組み合わせます。スコアを作る場合も、点数だけで自動的に顧客を評価せず、担当者が背景を確認できる状態にしておきます。
5. 解約の兆候を早く見つける
解約兆候とは、解約につながる可能性がある顧客の変化です。契約更新の直前だけでなく、日常の利用状況から早めに把握します。
確認する項目の例は次のとおりです。
- 主要機能の利用が一定期間止まった
- 利用者数や利用頻度が減った
- 導入時に設定した成果が達成されていない
- 問い合わせや不満の内容が変化した
- 管理者や担当者が交代した
- 契約更新の判断者と連絡が取れていない
- 料金やプランについての相談が増えた
兆候を見つけたら、値引きを提示する前に、利用が止まった理由と顧客の現在の課題を確認します。機能の問題だと思っていたものが、社内の体制変更や優先順位の変化である場合もあります。
6. 顧客の声を開発とサポートに反映する
顧客から得た要望や不満を、担当者だけで管理すると、同じ問題が繰り返される可能性があります。問い合わせ、解約理由、商談記録、アンケートの内容を共通の分類で記録し、改善に使える形にします。
分析するときは、次のように分けると原因を整理しやすくなります。
- 機能が不足している
- 機能はあるが見つけにくい
- 操作方法が分かりにくい
- 期待していた成果と実際の提供内容が違う
- 導入後の支援が不足している
- 価格や契約条件が合っていない
すべての要望をそのまま開発する必要はありません。発生件数だけでなく、対象顧客の重要度、解約への影響、解決方法、開発コストを比較し、優先順位を決めます。対応しない場合も、顧客には理由や代替手段を説明します。
7. 契約更新前に成果を共有する
契約更新の直前になって初めて価値を説明するのではなく、利用開始後から成果を記録しておきます。更新前には、導入目的、利用実績、達成できたこと、未解決の課題、次の活用方法を整理して共有します。
成果は、可能な範囲で導入前と導入後を比較します。たとえば、処理件数、作業時間、利用部門数、対応件数などです。ただし、SaaS以外の要因も変化している場合は、成果のすべてをサービスの効果として断定しないようにします。
成果が十分に出ていない場合は、更新を迫るのではなく、何が妨げになっているかを確認し、利用方法や支援計画を見直します。
顧客リテンション改善の進め方
施策を増やす前に、解約が多い段階と主な理由を特定します。次の順番で進めると、効果を確認しやすくなります。
- 顧客維持率、解約率、売上維持率、利用状況を期間別に集計する。
- 導入時期、プラン、顧客規模、業種などで顧客を分ける。
- 継続顧客と解約顧客の利用行動や問い合わせ内容を比較する。
- 解約顧客や利用が落ちた顧客に聞き取りを行う。
- 最も影響が大きい段階を一つ選び、改善施策を実施する。
- 施策の対象顧客、実施期間、評価指標を事前に決める。
- 実施後に、対象顧客と比較対象の継続状況や利用状況を確認する。
たとえば、導入後30日以内に利用が止まる顧客が多いなら、更新前の営業施策よりも、初期設定や最初の成功体験を改善する方が優先されると考えられます。これは利用データと顧客への聞き取りから導く判断であり、すべてのSaaSに当てはまるとは限りません。
顧客リテンションを測るときの注意点
顧客数と売上を混ぜて計算しない
顧客数ベースの維持率と、売上ベースの維持率は別の指標です。小規模顧客の解約が増えている場合と、大口顧客が解約した場合では、事業への影響が異なります。
また、アップセルやクロスセルによる増額を含めるかどうかで、売上維持率の意味も変わります。指標名だけでなく、計算対象と期間を社内で統一してください。
平均値だけで判断しない
全顧客の平均値だけを見ると、特定の顧客層で起きている問題が隠れることがあります。導入時期、プラン、契約規模、利用目的などで分け、どのグループで継続率が低いかを確認します。
利用率を上げること自体を目的にしない
ログイン回数や利用機能数が増えても、顧客の成果につながっていなければ、リテンション改善とは限りません。顧客が導入目的を達成するために必要な利用行動かどうかを確認します。
解約理由を選択肢だけで集めない
「価格」「機能不足」などの選択式回答は集計しやすい一方で、具体的な背景が分かりにくいことがあります。選択肢に加えて、解約を決めた経緯や代替サービス、利用できなかった機能を自由記述や聞き取りで確認します。
まず取り組むべきこと
最初に、直近の一定期間に解約した顧客と、継続している顧客を分け、導入後の利用状況・利用機能・問い合わせ内容・契約条件を比較してください。
そのうえで、最も離脱が起きている段階が導入初期ならオンボーディングを、利用中なら活用支援や解約兆候の検知を、更新前なら成果の共有と更新プロセスを見直します。
SaaSの顧客リテンション向上では、顧客の成果を定義し、価値を実感するまで支援し、データと対話で改善を続けることが基本です。一度に多くの施策を行わず、原因が確認できた領域から検証可能な改善を始めましょう。







