SaaSのユニットエコノミクスは、顧客1社または1契約を単位に、獲得から継続まででどれだけ利益を生み出せるかを設計・検証する考え方です。基本は、CAC(顧客獲得コスト)、LTV(顧客生涯価値)、粗利率、解約率を同じ期間と顧客単位でそろえて計算します。
ただし、計算式を決めるだけでは不十分です。料金プラン、顧客セグメント、契約期間、営業チャネル、オンボーディング費用を先に定義し、実績をコホート(同じ時期に契約した顧客群)で追える形にすることが重要です。
SaaSのユニットエコノミクスで最初に決めること
最初に「1ユニット」を何にするか決めます。SaaSでは、通常は1社、1契約、1アカウントのいずれかを使いますが、契約形態によって適切な単位が変わります。
- 企業単位で契約・解約するサービス:1社を1ユニットにする
- 部署ごとに契約するサービス:1契約または1アカウントを1ユニットにする
- ユーザー数で料金が変わるサービス:1社を基本単位にし、ユーザー数も別に記録する
たとえば、同じ企業が複数の部署で別契約を結んでいる場合、「1社」を単位にすると売上や解約の集計が複雑になることがあります。この場合は、契約単位で計算し、企業単位の利用拡大や解約を別の指標として管理すると整理しやすくなります。
基本となる指標と計算式
ユニットエコノミクスでは、売上だけでなく、その売上に対応する変動費を差し引いた粗利を使って判断します。
CACは顧客1件を獲得する費用
CACは、一定期間に使った営業・マーケティング費用を、その期間に新しく獲得した顧客数で割って求めます。
CAC = 新規顧客の獲得に使った営業・マーケティング費用 ÷ 新規顧客数
費用には、広告費、展示会費、営業担当者の人件費、マーケティング担当者の人件費、営業ツール費などを含めるかどうかを事前に決めます。広告費だけを分子にすると、チャネル間の比較では使えても、事業全体のCACは低く見積もられます。
また、営業活動が長期にわたるBtoB SaaSでは、ある月の費用と同じ月の受注数を単純に割ると、実態とずれることがあります。商談開始から受注までの期間を確認し、月次・四半期など一定の集計期間で継続的に見る必要があります。
LTVは顧客が生む将来粗利の見積もり
LTVは、顧客が契約している期間に生み出す粗利の合計を見積もる指標です。SaaSの簡易計算では、次の式がよく使われます。
LTV = 1顧客あたりの平均月次売上 × 粗利率 ÷ 月次解約率
ここでいう解約率は、売上ベースではなく顧客数ベースのロゴチャーンを使うことが一般的です。売上ベースの解約率を使う場合は、式の平均売上や対象顧客の定義も合わせなければなりません。
この式は、平均売上と解約率が一定であるという仮定に基づく簡易式です。アップセル、ダウングレード、顧客ごとの利用期間の違いが大きい場合は、契約開始月ごとの売上と粗利を追うコホート分析のほうが実態を表しやすくなります。
粗利率は継続提供にかかる費用を反映する
粗利率は、売上からサービス提供に直接かかる費用を差し引いた割合です。クラウド利用料、データ保存費、決済手数料、カスタマーサポートの一部など、顧客数や利用量に応じて増える費用をどこまで含めるかを決めます。
粗利率 =(売上 − 売上原価)÷ 売上
営業・マーケティング費用や全社管理費を粗利計算に含めると、CACやLTVとの役割が混ざります。ただし、サポート担当者の人件費などを売上原価に含めるかは会社の会計方針によって異なるため、社内で定義を固定し、期間ごとに変更しないことが大切です。
CACとLTVを比較して投資判断する
基本的な判断は、顧客1件から得られる将来粗利が、顧客獲得費用を上回るかです。一般に、LTVをCACで割ったLTV/CACを使って、獲得投資の効率を見ます。
LTV/CAC = LTV ÷ CAC
この比率が1を下回る場合、簡易計算上は獲得に使った費用を将来粗利で回収できません。一方、比率が高ければ無条件に良いとは限りません。回収までに何年もかかる場合、成長投資の資金繰りや解約率の変化が別の問題になるためです。
そのため、LTV/CACだけでなく、CACペイバック期間も確認します。
CACペイバック期間 = CAC ÷ 1顧客あたりの月次粗利
月次粗利は、月次売上に粗利率を掛けて求めます。年払い契約では、契約時に現金を受け取っていても、売上や粗利を計上する期間が異なる場合があります。現金回収の期間と、会計上の売上・粗利の期間を混同しないようにします。
顧客セグメント別に設計する
全顧客をまとめて計算すると、ユニットエコノミクスの良し悪しを判断しにくくなります。少なくとも、次のような単位で分けて集計します。
- 料金プラン別
- 企業規模別
- 業種・利用目的別
- 流入チャネル別
- 営業担当者や販売パートナー別
- 月払い・年払いなど契約期間別
たとえば、エンタープライズ顧客は平均契約額が大きくても、営業期間が長く、導入支援の費用も高いかもしれません。中小企業向けはCACが低くても解約率が高い可能性があります。全体平均だけで予算配分を決めず、セグメントごとのCAC、粗利、解約率、回収期間を比較します。
設計から運用までの手順
- 1ユニットの定義を決める。 1社、1契約、1アカウントのどれを基本単位にするかを決め、複数契約や無料トライアルの扱いも記録します。
- 売上と費用の範囲を決める。 月次売上、契約期間、値引き、返金、クラウド費、決済手数料、サポート費などを、計算に含めるか明文化します。
- 顧客獲得経路を記録する。 広告、オーガニック流入、営業、紹介などのチャネルを顧客データに紐づけます。
- 顧客ごとの継続状況を追跡する。 契約開始日、プラン変更、増額、減額、解約日、利用状況を月単位で記録します。
- セグメント別にCACとLTVを計算する。 全体平均だけでなく、料金プランや流入経路ごとに比較します。
- コホートで実績を検証する。 同じ月や四半期に契約した顧客群について、3か月後、6か月後、12か月後の継続率と粗利を確認します。
- 施策の前後で再計算する。 値上げ、オンボーディング改善、広告出稿、営業体制変更などの後に、CACや解約率がどう変わったかを確認します。
計算結果は、表計算ソフトやBIツールに集約し、指標の定義と更新日も残します。担当者によって「新規顧客数」や「営業費用」の範囲が変わると、前月との比較ができなくなるためです。
設計で起こりやすい間違い
売上だけでLTVを計算する
売上をそのままLTVとすると、提供に必要な費用を無視することになります。LTVは、原則として粗利ベースで計算し、売上原価の定義を固定します。
平均値だけで判断する
高単価の大口顧客が一部含まれると、平均LTVが大きく見えることがあります。中央値や顧客セグメント別の数値も確認し、特定の顧客に依存していないかを見ます。
解約率の分母が毎回違う
月初顧客数を分母にするのか、期間中の平均顧客数を使うのかで解約率は変わります。新規契約や一時停止をどう扱うかも含め、計算ルールを固定します。
アップセルを無視、または二重計上する
顧客単位の解約率だけでは、増額や減額の影響を十分に表せません。契約数の維持を見るロゴチャーンと、売上の増減を見る売上チャーンまたはNRR(売上継続率)を分けて管理します。
NRRは、既存顧客の売上が、増額・減額・解約を反映した後にどれだけ残っているかを見る指標です。新規顧客の売上は含めず、既存顧客の変化を確認するために使います。
計算例は実績と分けて扱う
仮に、1顧客あたりの平均月次売上が2万円、粗利率が80%、月次解約率が2%、CACが30万円だとします。この場合の簡易LTVは、次のように計算します。
2万円 × 80% ÷ 2% = 80万円
この仮定例では、LTV/CACは約2.67倍です。また、月次粗利は1万6,000円なので、CACペイバック期間は次のとおりです。
30万円 ÷ 1万6,000円 = 18.75か月
ただし、これは平均月次売上と解約率が一定という仮定に基づく計算です。実際の判断では、顧客の契約期間、増額・減額、導入支援費、営業期間、チャネル別の差を加えて検証します。
自社に合う設計にするための判断基準
ユニットエコノミクスの設計では、指標を増やすことよりも、経営判断に使える単位で同じ定義を継続することが重要です。まずは、1ユニット、CAC、粗利、解約率、回収期間を決め、次に料金プランや顧客獲得経路ごとに分解します。
LTV/CACが高いかだけでなく、粗利が正しく反映されているか、回収にかかる期間が許容できるか、どの顧客群で成り立っているかを確認してください。 そのうえで、コホートの実績と予測値を比較し、解約率やアップセル率の変化に応じて計算式を見直します。







